小口広告も受け付ける 江ノ電ウェーブビジョン †不特定多数が利用する鉄道は、広告媒体としての価値がトップクラスにある。車内の中吊り広告、沿線の野立て看板、駅の壁面看板など。駅で列車を待っているとき、車窓を眺めているときなど、広告を目にする機会はたいへん多く、目についたものを数えても十指にあまるだろう。 これら鉄道における広告媒体の新しい形態が、今年開業100周年を迎える江ノ島電鉄でスタートすることになった。 駅ホームのモニター画面から発信 †この広告媒体は、「江ノ電ウェーブビジョン― みんなの広告」〔 http://www.enoden.tv 〕と称され、江ノ電の駅で最も乗降客が多くJR駅と接する鎌倉・藤沢両ターミナル駅に設けられた。両駅ともホームの天井から50型・61型という世界最大級の大型プラズマディスプレイを2個吊り下げ、7〜23時にかけて広告映像を流す。この時間帯は朝ラッシュの始まりから遅い帰宅時間までをカバーする。モニター画面は乗客の目に触れやすいよう改札口方を向き、加えて視野角が広いため目に飛び込んでくる構造である。 画面から流れてくる映像は動画・静止画の両パターンがあり、(1)記念切符・グッズ・イベント等を含めた江ノ電からの情報、(2)悪天候、ダイヤの乱れなどの緊急情報の早期伝達、(3)クライアントを募った純粋な広告、の3パターンである。このうち(2)は画面下方にテロップの形で流す。 街角にモニターを設置し、広告を流すスタイルはそれほど珍しいことではない。新宿アルタのように、ビル壁面に数階分もの大きさのモニターを設けてコマーシャルや音楽のプロモーションビデオを流している例もあれば、ある野球場では攻守交代のさいにオーロラビジョンにコマーシャルを放映する。これらを利用できるのは放映するコンテンツを持ち、さらに広告料を支払うことができる、それなりに大きな企業に限られよう。 江ノ電ウェーブビジョンの特徴の一つは、(3)のパターンにおいて大企業がテレビコマーシャルと同じものも放映するが、これまでクライアントとしては対象外であった個人商店やサークル・学校など小規模広告主からのコマーシャル、および個人メッセージなど、小口広告を受け付けた点にある。通常、広告を出すときは広告代理店がなかに入るが、江ノ電ウェーブビジョンの場合、インターネットを介して江ノ電と直接やりとりをする。 手順はホームページに用意された広告の雛形と出稿日を1日単位で選び、ガイドに従って文字と写真を入れて送信する。1日あたり1,500円の広告料は、江ノ電の駅やコンビニエンスストアで買えるネットショッピング専用のプリペイドカード「ウェブマネー」を使用する。 1日1,500円の広告料金、ウェブマネーによる支払い、1日単位の契約日数が、個人商店主でも広告を出したいときに、計画的に、簡単に、お手軽に使えそうだという雰囲気を生んでいる。例えば沿線のスーパーマーケットが特売日に、私立学校が受験シーズンに、鎌倉のみやげ物店が土・日曜日に、あるいは「お誕生日おめでとう。―友人一同」といった伝言板として利用してもよい。 小口広告の画面は1日64回、15分おきに15秒ずつ放映される。これにも理由があり、江ノ電の列車ダイヤは12分ヘッドだが、もし広告のサイクルを12分おきにあわせたなら、発車間際、または発車直後に放映されるコマーシャルは、目に止める人数が限られてしまい、同じ料金のコマーシャルとして不公平になってしまうからだ。 観光客向けがよいか、地元客向けか †鉄道会社のおもな収入源は運賃であるが広告収入も無視できない。現に、JR東日本の通勤電車は空いているスペースはすべて使うとばかりに、側扉窓上の狭い部分にまで広告ステッカーを貼り、山手線にはついに車体外側にも広告を掲出した205系が運転されている。しかし、これは大都会を走る鉄道に限られた現象で、一般には長引く不景気のため広告の出稿を手控える企業も出ており、クライアントの確保にはどこも苦労をしている。とくに地方私鉄では車内の広告枠が空いたままであったり、駅の立て看板広告に「改装中」の札が貼られたままになっている姿を見かけることが多い。 しかし、江ノ電ウェーブビジョンのような広告媒体は、大企業だけでなく小規模事業者からの広告を得られやすい。また、鉄道だけでなく多くの人が集まる場所に設ける広告媒体としても、次のメリットが見出せる。一つの広告枠で複数の広告を掲載することにより省スペースになり、静止画であっても15秒で画面が切り替わることで動きが生じて、大いに人目を引くうえ、広告代理店を介さないことから低料金の設定が可能となる。これらが相乗して、さらに広告が集めやすくなるという。 ところで、江ノ電ウェーブビジョンの場合、地元客・観光客のどちらを対象としているのだろうか。江ノ電沿線は東京近郊のベッドタウンであり、藤沢から東海道本線・小田急線、鎌倉から横須賀線に乗り換える客で、朝夕のラッシュもそれなりにある。同時に、鎌倉・江の島という全国的にも著名な観光地を沿線にひかえ、土休日の車内は江ノ電を利用して散策する観光客で、ラッシュもかくやというにぎわいをみせる。ゆえに地元客・観光客どちらに比重があるとは一概に判断できない。 また、地元客に評判の店が、きっかけをつかんで観光客が殺到するというケースもあることから、クライアントとしてもどちらかに特化した広告をつくるのは得策でないと考えられる。もっとも、江ノ電ウェーブビジョンが発表されてからの問合せの大半は、地元からのものであるという。また、システムそのものに関する問合せも多いという。 江ノ電ウェーブビジョンは始まったばかりで評価はこれからだが、小規模広告主の利用をうながした点で、これから注目される広告媒体である。 なお、本サービス開始は7月1日。その前に「お試し期間」として6月6日から個人メッセージを受け付け、13日から放映している。 (2002年8月号: 小口広告も受け付ける 江ノ電ウェーブビジョン)
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