地中深く掘り進むシールドマシン

 外国のスパイ映画でよく見かけるシーンに、主人公のスパイが敵の屋敷に侵入しようとして、あるいは敵に追いかけられて下水道を走り回るというものがある。「カンカンカン」と反響する靴音と懐中電灯のぼんやりした明りが観客のスリルをかき立てる。だいたいにおいて、このようなトンネルは人間の背丈よりも大きく作られている。(でなければ走れない) また、音が反響するということは、周囲が硬い壁に覆われていることになる。そしてなにより、町の街路や建物の下に、迷路のようなトンネルができていることに驚く。

 下水道がある町となるとそれは都市であり、当然、住宅は密集し交通も発達している。こうした場所で地下トンネル工事を行なうとき、ルートに沿って地表を開いてトンネルを作る開削工法ばかりだと、道路交通の妨げになるばかりでなく、騒音や振動で周辺住民に迷惑をかけるのは明らかである。下水道をつくるから建物を移動せよ、とも言えない。さらに近年では、先行の地下埋設物を避けながら工事をしなければならない。道路交通への支障を最小限にし、埋設物を壊さないよう地中を掘ってゆく技術が、いま都市部のさまざまな場所で用いられている。この工事の技術が、昨年12月12日に全線開業した都営地下鉄大江戸線でも、今年3月28日に開業した埼玉高速鉄道の建設でも採用された「シールド工法」である。そして、そこで使われる機械をシールドマシンと称している。

シールド工法の歴史

 地下水すら通さない固い地層ばかりにトンネルを掘るわけではない。山にしても地面にしても、トンネルの掘削には地山の崩壊と地下水の流入がつきまとう。シールド工法は、いわゆる軟弱地盤にトンネルを建築する工法として19世紀にイギリスで開発されたもので、筒状をした鋼製のシールドマシンを用いて地山の崩壊を防ぎながら掘り進み、マシンの後方では「セグメント」と称する鋼製またはコンクリート製のブロックを築いてトンネル表面を覆っていくやり方である。最初は、ロンドンのテムズ川の水底トンネルに採用された。

 このときは掘削断面をいくつかに分割し、切羽(マシンの先端と向かい合う掘削面)が露出する面積を少なくして崩壊の危険を減少しようというものであった。掘削は手掘りで行なった。しかも、切羽からの土砂や水の流入などに悩まされながらの工事で、完成まで20年の歳月がかかった。地山の崩壊や地下水の流入による地盤沈下を食い止める必要に迫られ、のちにトンネル内の気圧を高くする圧気工法や薬液注入工法が確立された。

 日本で本格的に採用されたのは、1936年の国鉄関門トンネルの工事が最初である。また、1957年の営団地下鉄丸ノ内線、60年の名古屋市営地下鉄覚王山トンネルなどの工事実績がある。

全面的に機械式へと進む

 その後、圧気工法や薬液注入工法をともなう手掘り式シールド工法では、圧気による酸欠空気の噴出事故や薬液による薬害事故が問題になってきた。そこで、マシンの先端にカッターを埋め込んだ面板を設け、それが回転することで土を掘っていく密閉型のシールド工法が主流になった。面板があるということは、切羽にフタをすることにもなり、工事の安全と能率向上が図られた。現在では圧気と薬液注入に代わり水圧を利用する「泥水式シールド工法」、掘削土砂自体に山留めの効果を持たせた「土圧式シールド工法」が開発された。

 泥水式シールド工法とは、地山を切り崩すカッターチャンバー内にためた泥水を加圧して掘削面の安定を図るとともに、掘った土砂を泥水とともに排泥管を通して地上のプラントに回収する工法である。プラントで土砂と泥水を分離し、泥水は再利用される。

 また、土圧式シールド工法は、切り崩した土砂を撹拌して流動性をもたせ、チャンバー内に充填させて掘削面の安定を図る。次々に排出される土砂はスクリューコンベアで後方へ運ばれる。そのさい、カッターの回転速度、スクリューコンベアの回転速度、マシンの推進速度を調節し、土砂の量を調整してチャンバー内の圧力を一定にする。土砂が流動化しにくい場合、チャンバー内で詰まってしまう恐れがある。その場合は添加剤を注入する「泥土圧シールド工法」を用い、強制的に軟らかくする。添加剤としては粘土・ベントナイト・気泡などが用いられる。この泥土圧シールド工法の開発で、掘削可能な土質の種類が飛躍的に増えた。土圧式は日本で開発された技術で、現在では2/3が土圧式で行なわれている。

 つまり、シールド工法は、軟弱地盤から軟岩層までさまざまな地山に対応できる利点がある。また、切羽の安定を図るため、さまざまな工法が生み出された。

鉄道工事には巨大マシンを投入

 鉄道建設に使われるシールドマシンは一般に直径約10mの大きさであるが、じつはシールドトンネルの最も件数の多い事例は下水道トンネルで、その場合のマシンの直径はせいぜい2〜3mくらいであるから、マシンとしては巨大な部類に入る。ちなみに、2001年3月までに使われたシールドマシンで直径が最大のものは東京湾アクアライン工事用で、直径はなんと14.14m、4階建てのビルがすっぽり入る大きさである。

 ところで、直径14mもの巨大な機械を、どのようにして地中に運び入れたのであろうか。山をうがつ、あるいは海底トンネルをつくる工事は別として、地下に設けるトンネルは始点部と終点部から順々に掘り進むのではなく、全体をおよそ1kmごとに分割して施工する。このほうが早くできることは言うまでもない。例えば、名古屋市営地下鉄4号線の2期工事砂田橋〜新瑞橋間では、駅を境に9区間に分けた。最長は千種台〜本山間の1,238mである。

 この各始点に立坑を開け、クレーンでマシンを搬入する。小さいものならそのまま入れられるが、大口径マシンは、工場内で組み立てて試験を済ませたものをいったん分解し、搬入後に坑内で再度組み立てる。立坑の大きさは周囲の条件によっても異なるが、分割するとはいえ数mもある機械を搬入するのだからクレーンの足場も必要だ。最近の地下鉄工事のように地中深く掘る場合は、始点から深くしなければならないから、必然的に立坑建設の条件は厳しくなる。

さまざまなシールドマシン

 改めて考えてみるまでもなく、シールドマシンはその工事の内容、敷設するトンネル、土質にあわせて作られるオーダーメイドである。そのつど、さまざまな形状のシールドマシンが開発された。おもなものを挙げてみよう。

 「複円形シールドマシン」は、ヒョウタンのように2つの円形マシンをつなげたもので、1986年にJR東日本京葉線京橋トンネルで初採用された。複線トンネルの場合、通常の円形シールドマシンでは不要な空間ができ、排土量も増えてしまう。これをカッターをうまく組み合わせて単線のトンネルを横に並べた構造にして解決した。これをきっかけに都市トンネルの多様化が始まったといえる。

 複円形シールドマシンの応用で、3つの円形シールドマシンを並べ、島式ホーム部と軌道部を一度に掘った「三円形シールドマシン」(大阪市営地下鉄長堀鶴見緑地線大阪ビジネスパーク駅で実績がある)や、狭い道路下を有効活用するために、カッターを平行リンク運動させることで矩形・楕円形・馬蹄形・円形など任意の断面を掘削できるシールドマシンなども開発された。

 「急カーブ・急勾配シールドマシン」は、マシン自体が進む向きを変えられるよう中折れ節を施したものである。トンネルの方向を変える地点には立坑を開削するが、交通量の多い都市や住宅密集地では立坑自体が作れない。しかし、トンネルの方向を変えなくてはならないというような工事に、威力を発揮する。直径6mのマシンが半径20mの曲線を描いた実績もある。

 そして急曲線ではなく、直角に曲がる穴が掘れる「球体シールド」が登場している。これはシールドマシンを球体に入れることで回転を可能にしたもので、立坑から横坑へ連続して掘進できるものや、交差点地下で水平に90度曲がるものができている。このマシンの開発により、立坑用地の狭小化が可能となるだけでなく、将来的には1台のマシンで上下左右いずれの方向にも掘り進むことができるようになるだろう。そうすれば、大幅なコストダウンも実現できる。

 このほかにも小断面から大断面、逆に大断面から小断面と、異口径の断面を1台のマシンで掘る「着脱自在シールドマシン」、地中で双方向から掘進してきたマシンをつなぐ「地中ドッキングシールド」など、進化を続けている。

工場のような工事現場

 シールドマシンの掘進方法は、泥水式でも土圧式でも、また手掘り式でも基本的には変わらない。マシンを進めるには、後方に組み立てたセグメントを支えにして、ジャッキで押し出してゆく。そして新たに掘った分だけセグメントを組み、それを反力受けにする。これを繰り返すことでマシンは進み、後方にトンネルができてゆく。最初の一歩というか、立坑からの発進のさいは、立坑内に設けた反力受けとマシンの間に仮組セグメントを置く。ジャッキを押す力は、昔は水圧であったが、現在では油圧である。

 カッターを回すのは電力が主流であるが、油圧も用いられる。この動力は、地上に設けたプラントや坑内の受変電設備から供給される。トンネルを掘削するカッターは、施工条件に応じて、中心で支えるセンターシャフト支持方式や、円周で支える周辺支持方式などから最適の方式を選定するが、共通するのは、カッターが回転して地山を切り崩してゆくことである。ところで、カッターの刃先は使ううちに切れなくなる。包丁なら研げば切れ味がよみがえるが、切羽にかぶさっているシールドマシンではそうはいかない。対策として超硬チップを採用したり、替刃を用意したりする。岩盤・巨礫地盤対応シールドマシンでは、刃自体が回転して巨礫を破砕する。また、坑内では、セグメントを立坑からマシン後部に運ぶため、軌道を敷いて貨車を走らせている。

 では、掘った土砂はどうやって運び出すのだろうか。泥水式では、前述のとおり排泥管を通って泥水と一緒に地上のプラントへ送られる。土圧式では、土砂をポンプで地上へ押し出す。ポンプに入らない巨礫が出た場合は、水平のベルトコンベアに流し、バッテリーロコに連結された貨車に落として立坑まで運び、クレーンやエレベーターで貨車を持ち上げて外へ出す。

 最新のシールドマシンでは、セグメントの構築まで自動でやってしまおうという「セグメント全自動組立システム」が登場している。切羽が崩壊しないよう、セグメントは整然と並べなければならず、それには人間が確認しながら作業をするのが最良といわれるが、熟練労働者の不足や危険作業からの解放、さらに合理化によるコストダウンを考慮して、自動化システムが考えられるようになった。

 通常のシールドマシンでも一連の作業は中央制御装置で一括管理されており、自動運転が可能になっている。これにより省力化・省人化が進められ、現場作業員の数は一般の土木工事に比べるとずいぶん少ない。実際、土木の世界で最も自動化・ロボット化が進んでいるのがシールドトンネル工事とされ、「まるで工場のようだ」と言われているゆえんである。

 シールドマシンの進むスピードは、工事の内容や条件によっても異なるが、現在施工中の名古屋市営地下鉄4号線、茶屋ヶ坂公園工区における実績では、日進9.6mというものであった。工事の終点にたどり着いたシールドマシンは分解され、中身の機械は地上へ搬出されるが、外側の筒部はそのままセグメントの役割を果たして地中に残される。

さらに活躍の場が広がる

 日本のトンネル掘削技術は世界一といわれる。英仏海峡トンネル工事でも、日本製のシールドマシンが使われた実績がある。「豆腐の山にトンネルを掘る」と形容されたほどの軟弱地盤を克服した、北越急行ほくほく線鍋立山トンネルの例もある。さらに日本の技術に挑戦するかのように、昨年、大深度法(大深度地下の公共的使用に関する特別措置法)が成立した。

 この法律は、地下50mより下は道路・上下水道など公共目的に使用する場合、地上権がおよばないというものである。地下にトンネルを通す場合、地上権の関係で地上の地主に承諾を得なければならない。そこが分譲マンションならば全世帯を対象に承認を求め、一戸でも不承知なら路線変更ということもありうる。都営地下鉄大江戸線のルートが地中深くくねくねと曲がっているのも、できるだけ公道に沿って建設したからである。

 大深度法にのっとって建設すれば、高速交通機関にも対応した、まっすぐなトンネルを通すことも可能になるだろう。ただし、大深度にシールドトンネルを掘削するには、高水圧への対応が最大の課題となる。そのため、マシンやセグメントの耐圧性・耐久性の向上に、日々研究が重ねられているそうである。

(2001年7月号)


Last-modified: Sat, 24 Oct 2009 20:56:40 JST