シングルアーム式パンタグラフ †パンタグラフは電車の象徴のようなもので、鉄道にくわしくない人でも集電のための装置であることくらいは知っていよう。そのパンタグラフに、最近目立った変化が現われてきた。見慣れた菱形のパンタグラフに代わって、「くの字」形をしたシングルアーム式パンタグラフが増えている。試験的なものを除くと、日本の電車で設計時から採用したのはJR東海383系が最初(私鉄では新京成8900系)であるが、その後、在来線特急電車や通勤電車にも普及し始めた。今や新型電車のほとんどがシングルアーム式を採用し、JR東日本では中央線201系についてもシングルアームパンタに取り替える作業を進めている。 一方、ヨーロッパではドイツの103形電気機関車をはじめ、以前からシングルアーム式が多用されてきた。日本で、このタイプのパンタグラフが普及し始めた背景はどこにあるのだろうか。 軽量化・雪対策・狭小断面区間 シングルアーム式が有利な点として、専門家ならずとも、まず直感的に「軽量化」があげられる。軌道への負担や高速化を考慮し、車両自体を軽くする方向にあるのは新幹線も在来線も同じだ。パンタグラフを構成するフレーム(骨組)が少ないので、単純な比較では、シングルアーム式の大きさは菱形の半分、重量は屋根に固定するための碍子や枠などを含めたトータルで2/3程度になっている。さらに交流・交直流電車は直流電車に比べ屋根上に機器を多く搭載しているので、コンパクトなパンタグラフは歓迎すべきところである。部品点数が少なくなるため、組み立てやすい利点もある。 しかし、それだけではなかった。JR東日本が201系電車のパンタグラフを取り替える主要な理由は、雪対策と高尾以西の狭小断面区間に対応するためであった。 1998年1月、大雪に見舞われた首都圏では、山手線をはじめ多くの線区で列車が運転不能になるなど大きな影響が出た。混乱の主要な原因の一つに、関東特有の湿った重い雪がパンタグラフの舟体とフレームに付着し、その重さでパンタグラフが降下したことが挙げられる。パンタグラフが下がると、集電できないばかりでなく、離線の瞬間に大電流が流れて架線が切れる恐れもある。先の雪害ではこれも大きな輸送障害につながった。 また、菱形のパンタグラフは折り畳んだときに完全に平らに閉じてしまうと、次にパンタグラフを上げるときに、ばねの力だけでは伸ばすことができない。したがって車庫で留置中もパンタグラフは若干浮かせているのだが、着雪で完全に閉じてしまうと人力で上昇させるしかない。その点、シングルアーム式は完全に畳まれてしまっても問題がない。 さらに中央東線には、電化前に建設した断面の小さいトンネルが多く残っている。大月へ直通する201系は折畳み高さの低いパンタグラフを備えた車両が限定運用されており、異常時には運用の関係で高尾以西に電車をまわせないこともありうる。 こうしたトラブルを教訓に、大雪の影響を受けにくい、つまり着雪量が少ないパンタグラフが必要とされるようになった。着雪面積の少ない、コンパクトなシングルアーム式パンタグラフが選ばれたのは当然のなりゆきであった。 シングルアーム式パンタグラフは構造からも小型軽量であるが、フレームだけでなく舟体も改良されており、在来線用では菱形に比べ大きさは約61%で、それとともに着雪量も半分になった。 フレームの素材についても変化がある。従来の菱形パンタグラフはアルミ製で錆止めを施しているが、検修のつど錆止めを剥離剤でとり、錆止めを塗り直す作業が欠かせない。ところが、この剥離剤は水質汚染の元凶とされ、このために最近ではステンレスを使用するようになった。(一部E231系はアルミ製) ステンレスはアルミに比べ重いが、エコロジーの観点が加わった判断である。ステンレス製ならば、軽量化のためによりコンパクト設計のシングルアーム式が選択される。また、ステンレスは通電抵抗により若干の発熱が生じるので、これによる融雪効果も認められている。 ヨーロッパと日本の土壌の違い パンタグラフの基本的な要件は、路面電車でも新幹線であろうと変わらない。ただ架線の高さが異なる。野天とトンネル・地下、跨線橋下区間などでおのずと架線の高さは異なってくる。 日本で長年にわたり菱形パンタグラフが用いられてきたのは、前後どちらに進んでも形が変わらない菱形が有利とされていたこともあるが、ヨーロッパに比べ架線の高さが低い、すなわち電車の屋根から架線までの距離が短いために、菱形で間に合っていたという見方ができる。 ヨーロッパでは国ごとに電化方式・信号設備などが異なるが、同様に架線の高さもまちまちであるし、そのためパンタグラフの押上げ力も強い傾向にある。菱形パンタグラフでは大型化が避けられない。シングルアーム式はフランスで考案されたが、広く普及するようになった理由はこの点にあり、シングルアーム式であるから性能がよいというわけではないし、ヨーロッパの技術が進んでいたということでもない。 新幹線では騒音問題も 高速列車では、パンタグラフによる騒音すなわち風切り音の対策が重要になる。新幹線E3系はシングルアーム式パンタグラフを採用したが、こちらはおもに騒音対策がメイン。フレーム全体を枠で囲み、露出部分を減らして、できるだけ空力音を減らす考え方である。新幹線では500系に採用された翼型パンタグラフも同じ目的で考案されたもので、フレームにあたる部分が飛行機の翼のような形状の柱になっている。しかし、空力音は速度の八乗に比例するから、通勤電車のような100km/h程度の速度では問題にならない。在来線でのシングルアーム式パンタグラフの普及は、新幹線とは全く違った理由に拠っている。同じように見えて、新幹線と在来線では車両設計の立脚点が異なる好例の一つである。 中央線201系のパンタグラフ交換 JR東日本八王子支社で実施している中央線201系のパンタグラフ取替え工事は、2000年度末までの間に、中央線201系59編成中の34編成についてシングルアーム式とするもの。中央線201系は、前述の理由で武蔵小金井電車区所属の25編成に折畳み高さの低いPS24形パンタグラフが搭載されているが、他の編成は通勤形電車の標準的なPS21形で高尾以西への入線はできない。今回は、これら34編成のPS21形をシングルアーム式に取り替え、運用上の制限をなくすとともに、降雪時の輸送障害の防止に役立てることが期待されている。 201系に搭載されるシングルアーム式パンタグラフは、着雪防止対策として開発され先に豊田電車区の115系に搭載されたものと同型であるが、パンタグラフ上昇・下降用の空気管や上昇鉤外し装置の位置、補助ホーンの形状など舟体の一部構造が変更されたPS35C形である。交換作業は2000年8月に武蔵小金井・豊田区各2本で試験的に実施されたのち、11月から武蔵小金井、新年からは豊田の対象全編成で行なわれ、3月末までに完了することになっている。 (2001年3月号) |