JR九州のジェットフォイル ビートル

 1991年3月25日、JR九州はJRグループとして初の国際航路を博多と韓国の釜山との間に開設した。このさいに就航したのがジェットフォイル、「ビートル供廚任△襦8什澆蓮韓国船の「ジェビ」と、さらにJR九州2隻目の「ビートル掘廚盻航しており3隻体制を整えた。そこには、もちろん本年6月に日本と韓国で共同開催されるサッカーのワールドカップ観客輸送が一つの目標として存在していたわけで、これを契機とする大きな成長に期待がかけられている。

 「ビートル」は、川崎重工業がアメリカのボーイング社と技術提携して製造・販売しているジェットフォイル、超高速旅客船を使用している。航空機用の3,800HPガスタービンエンジンとウォータージェット推進機、および水中翼を装備する。港湾内では水中翼を折り畳んで通常の船と同様に艇走するが、港外に出るとその水中翼を海中に立てて、ウォータージェットの強力な推進力により浮力を発生させ、船体を海面から浮き上がらせて翼走させる。ウォータージェットは、毎分180tの水を吸入・噴射するもので、最高45ノット(約83km/h)という船舶としては破格のスピードを誇る。これにより博多港〜釜山港間200km強を2時間55分で結ぶ。ちなみに、同区間のフェリーの所要時間は12時間40分である。

 ただし、最初の「ビートル」はこの日韓国際航路ではなく、1990年5月に博多港〜平戸港〜長崎オランダ村間に就航(1992年3月に着地をハウステンボスに変更)した。このとき船体を黒一色に塗った姿が、巨大なカブト虫そっくりであることから、「ビートル」の愛称がつけられ、キャッチフレーズも「うみとぶカブトムシ」となった。

 そして翌年、JR九州は東京よりも距離の近い隣国との国際交流、そしてそれによる相互送客に新しい活路を求めて、韓国鉄道庁と共同運航の形で日韓航路を開設し、「ビートル供廚鮟航させた。

 しかし、当時は荒海での運航技術が未成熟で欠航が多かったり、販売に苦戦するなどで客足が定着せず、また国内航路は自社の鉄道と競合する問題点も浮上したため、膨大な赤字を抱えることとなった。このため、赤字幅は日韓航路より小さいものの、1994年3月で国内航路を休止した。一方、日韓航路はフェリーや航空など複数の競合機関があるものの、そのぶん安定輸送が確立できれば安定した需要と将来性があるとして、存続にかけている。

 そして、運航技術の蓄積により荒天でもほとんど揺れがないと評価され始めたことに加えて、1993年の韓国「大田エクスポ」で日本人に対するノービザ化が実施されたことなどを契機に、客足が伸びてゆく。1992年度に4万4千人だった年間利用者数は1996年度には11万5千人となった。

 この動きにあわせて1998年5月に韓国船の「ジェビ」が就航する。「ジェビ」は、韓国語でツバメの意味である。同年度の利用者は17万人、2000年度は24万人を超えた。そして2001年4月には「ビートル掘廚皺辰錣3隻体制により、夏休みなど繁忙期には最大週56便、1日4往復を可能とした。福岡界隈では、国内旅行の感覚で、1泊2日程度で韓国にグルメや買い物ツアーに出かける人々も見られるようになった。一方、博多駅などにはハングル文字の案内も目立つ。

(2002年7月号)


Last-modified: Sat, 24 Oct 2009 20:56:44 JST