車体に広告 ラッピングバスの技法を見る †近年、全国的に車体に大きく広告を施したバス、あるいは電車が増えている。広告媒体として効果も高く、多くのバス会社は経営がきびしく、こうした広告は大きな収入源として期待されている。絵柄は車体に直接描かれているのではなく、図柄を印刷したフィルムシートを車体に貼る「ラッピング」という手法をとっている。ラッピング広告は1996年のアトランタオリンピックをきっかけに開発され、アメリカで始まった。 そこで東京都のラッピングバスを担当している山家工業所を訪ね、ラッピング作業を見学した。同社は広告主がデザインした図柄に従ったフィルムシートの印刷から車両への貼付を一貫して行なっている。 ラッピングの手順 †都交通局はフィルムシートの材質に関して規定を設けていないが、広告の契約期間が終了すればフィルムははがして廃棄せねばならないため、同社では燃やしてもダイオキシンが発生しない非塩ビ系素材を使用する。フィルムシートは1,200mm幅のロール状で、裏面には貼り直しがきく接着剤を塗布している。ある程度小さく分けたほうが貼りやすく、あらかじめいくつかに分割して印刷しておく。ラッピング作業はバスが配置されている営業所で行なわれる。 はじめに車体を水拭きして、軽く汚れを落とす。同時に車体のへこみや傷などをチェックし、エンジンルームの取っ手やウインカーのカバーなど車体についている突起物をはずして、シートを貼りやすくする。 次に両側面とリアにデザイン画を描いた指示書を貼り、フィルムシートを貼る位置を確認しながらとりあえず仮留めする。全体の位置を決めたらいよいよシールをはがし、調整をしながら貼ってゆく。とは言ってもそこは専門家の作業でありフィルムシートはデザインどおりに印刷しているのだから、2〜3回貼ったりはがしたりするだけでピッタリあう。そして先を布やたんぽでくるんだヘラでシワにならないようしごいてゆく。 デザイン画にはテールランプや排熱坑などラッピングできない部分はグレーで表示されているが、フィルムシートには全面的に広告図柄が入っており、切り込みなど全くない。どうするのかとテールランプでの作業を見ていれば、テールランプごとフィルムでくるみ、出っ張った部分をナイフで切った。きっちりラッピングするには貼りながら調節していく方がうまくゆくのだとか。もちろん、タイヤ付近のフィルムでも四角いままで、あらかじめくり抜かれているわけではない。 ラッピングがほぼ完成に近づいたら、配置営業所と車体番号、「入口」「出口」などのロゴステッカーをフィルムの上に貼る。オリジナルカラーのバスにもこれらのロゴステッカーはついており、その上からラッピングしているので、近寄るとロゴに沿ってフィルムがうっすら盛り上がっているのがわかる。広告をはがしたあとも必要な案内だから、ラッピングをするからといってはがすわけにはいかない。 作業を見学した日はバス1台を4人が担当し、完了したのは約4時間後。最後に交通局の職員に確認してもらい、写真を撮って引き渡した。 もし、直接車体に絵をペンキで描いたならば作業手順はどうだろうか。バスに直接デザインを下書きして、そこから本塗りをし、できあがってもペンキが乾く2〜3日間は営業運転に就けない。契約が終わり元のカラーに戻すときも同じで、大変手間がかかる。そのうえ使用できる色はペンキの種類に限られる。フィルムシートによるラッピングが普及したのは、そうした不利を払拭できる点が評価されたからだ。使える色は一般の印刷と同じでペンキよりはるかに豊富、写真も再現できるほどデザインに自由がきく、貼るためにバスを拘束する時間はほぼ半日、元のカラーに復元するにはフィルムをはがすだけ… 扱いやすさでは比較にならない。 規制緩和されたけれど †東京都で本格的にラッピング広告バスが認められたのは、2000年4月1日に屋外広告物条例が改正されて、車体に掲出できる広告面積の大型化が実現してからだ。それ以前にも地方都市では全面広告バスは走っていたが、首都で始まったことからラッピングバスの存在が全国的に認知された。 交通局はデザインを施すにあたり、都市景観向上と他のドライバーへの配慮を求めることからデザイン審査基準を定め、専門家を交えた「デザイン審査委員会」で掲出を希望する広告デザイン案を審査している。ところが、広告主やデザイナーの側からは、この基準と審査が新たな規制になっているとの声もあがっている。 デザイナーとしては、「動く広告」としてインパクトの強いものを作りたいが、発光・蛍光・反射効果を有する材料を使用したり、側面のデザイン構成がストーリー性のある四コマ漫画や映像表示であったり、顔や手など身体の一部を強調するようなデザインは、周囲のドライバーの誤認を招いたり、注意力が散漫になるおそれがあると審査会で判断されて、認められない場合が多い。さらに、そのほかにもさまざまな基準はあるが、もっと自由に表現したいとするデザイナーの不満は大きいようだ。しかし、人々の目に触れる公共の乗り物として節度が望まれるのは当然のことという見方もできる。基準との折り合いをつけるのも、デザインの一要素と言える。 7月現在、都交通局のバス全1,498両中、34.5%にあたる517両がラッピング広告バスである。いまでは広告媒体として定着し、需要は旺盛なようだ。 (2003年11月号: 車体に広告 ラッピングバスの技法を見る)
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