愛知万博

 3月25日に開幕して9月25日まで185日間の会期で、愛知万博(略称、正式名を「2005年日本国際博覧会」、「愛・地球博」は愛称)が開催されている。会場は愛知県の瀬戸市、長久手町、豊田市にまたがり、メインの長久手会場とやや離れて瀬戸会場が設けられている。主催国の日本を除き世界から120ヵ国と、国際連合など4つの国際機関が公式参加している。

 国際博覧会は、1928年11月にパリで署名された「国際博覧会条約」(以後4回改正)に基づき政府を中心として運営するもので、その条約の第1条に、「公衆の教育を主たる目的とする催しで、文明の必要とするものに応ずるため人類が利用することのできる手段、または人類の活動において達成された進歩、もしくは将来の展望を示すものをいう(一部要約)」と示され、2以上の国が参加するものが「国際博覧会」と定義付けられている。

 国際博覧会自体の歴史はさらに古く、1851年、ロンドンで開催されたのが第1回で、1855年にパリ、1862年に再びロンドン、1867年にパリと行なわれた。このパリで二度目の万博に、日本から江戸幕府と薩摩・佐賀藩が初参加した。日本政府の公式参加は続く1878年のウィーン万博からとなる。

 日本においては当初1940年に東京でオリンピックとともに開催するべく準備が進められたが、日中戦争の激化により中止された。このため、30年も下って1970年に大阪、千里丘陵で開かれた日本万国博覧会(大阪万博)が最初である。その後日本では、1975〜76年に沖縄国際海洋博覧会、1985年に国際科学技術博覧会(つくば博)、1990年に国際花と緑の博覧会(大阪花博)があり、今回の愛知万博で5回目となる。

 愛知万博はテーマを「自然の叡智」とし、21世紀の自然と人間との関わりを探求し、提案する。つまり、現在の人類は地球環境・人口・食糧・エネルギーなど生存の根幹に関わる問題を多く抱えているが、こうした問題に対する人類の回答の方向性を、自然の叡智に学び、その叡智の引出し方である文化を世界中から持ち寄ることで、見出そうとするものである。これに即してサブテーマを、(1)宇宙・生命と情報、(2)人間の「わざ」と智恵、循環型社会― として、さまざまな展示やイベントを繰り広げることになった。以上のことから、自然を強く感じる一方、それを守る手段としての高度な技術と、一見、両極とも見える内容が並ぶことが特徴であろう。

 会期中の入場者数は1,500万人を目標としており、1日平均8.1万人、入場者数上位10%の日の平均では15万人と計画している。

 ところで、こうして開幕した愛知万博であるが、その過程は紆余曲折が大きかった。原点となる「21世紀初頭の万博開催」構想を愛知県が公表し、誘致を開始したのは1988年10月。当初は光技術にテーマを絞った博覧会の話もあったが、世界的に発信するには広いテーマが重要として、1970年の大阪万博以来の一般博をめざすことになった。

 会場は、瀬戸市の未利用地域、海上の森を利用するもので、1994年に「技術・文化・交流―新しい地球創造」という広範なテーマに現計画の2倍以上の構想を立てた。翌1995年には愛知県を会場とすることが閣議了承され、1997年6月の博覧会国際事務局(BIE)総会で日本・愛知での開催が決定した。

 しかし、この間にも閉幕後も学術研究都市として再利用する巨大開発に対する批判が高まり、このため1996年11月にテーマを環境に視点を置く「自然の叡智」に転換した。さらにBIEの現地調査が目前に迫る1999年、絶滅が危惧されているオオタカの営巣が発見され、愛知での開催すら揺らぐ事態となった。このため主会場を現長久手会場に移し、瀬戸会場は1/5に縮小、跡地開発も撤回された経緯がある。こうして愛知万博は、「環境万博」とも言われる内容に変化していったのである。

(2005年6月号)

 


Last-modified: Sat, 24 Oct 2009 20:56:51 JST