繁昌する 「デパートの駅弁大会

 旅の風情を盛り上げる商品、駅弁。食堂車を連結する列車が「カシオペア」「北斗星」「トワイライトエクスプレス」の3ブルートレイン、ビュフェは東北新幹線の一部列車と鹿児島本線「つばめ」だけになった今、駅弁は鉄道の供食サービスの重要な部分を担っているといえよう。幕の内弁当に始まり、松花堂弁当・押し寿司・うなぎ飯……、地方に行けば、その土地の食材を活かした弁当が、目とお腹を楽しませてくれる。

 こうした駅弁を集めた催しが、街のスーパーマーケットやデパートで行なわれるケースが増えている。なかでも最大級のものが、東京新宿の京王百貨店新宿店「元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」である。

実演販売を手がけた最初のケース

 駅弁を一堂に会しての即売会は、大阪高島屋が最初と言われている。これが京王百貨店で行なわれるようになったのは、1964年の同店開業時、高島屋と資本提携をして経営のノウハウを導入していた縁による。

 駅弁大会草創期は、今のように新幹線・航空路・宅配便が発達していなかったので、駅弁を輸送するにもさまざまな苦労があった。社員が国鉄新宿駅へ台車を引いて出向いたり、東京駅・上野駅・羽田空港へ到着便にあわせて取りに行ったり、現地の駅弁業者の都合がつかないものの、どうしても取り寄せたい目玉商品は夜行バスで現地へ向かい、できたての駅弁を受け取ってとんぼ返りをした。現在では新幹線や航空機で運ばれた駅弁を、京王グループの輸送会社が東京駅や羽田空港から輸送している。

 実演販売は同店の駅弁大会が最初のケースである。いつごろ始めたかは同店の記録にも残っていないが、店内で調理できるよう、火(ガス)が使える設備が整ってからだとか。 今年37回目を迎えたこのイベントは、新聞記事やテレビで取り上げられたり、昨年は本にもなった。(『駅弁大会』、光文社刊) 駅弁だけでなく、各地の名物も販売されているが、大多数の客のお目当ては駅弁。昨年期間中2週間の売上高は5億9,315万円、じつに6億円近く稼いだ。一般に、物産展の売上げは1週間で1億円いけばよいと言われている。今年の出店業者数は実演24(昨年23)、輸送43(同36)、弁当の種類は160(同150)であった。

 駅弁大会の準備には約1年をかける。駅弁大会が終わると翌年の意向を業者に打診して、4月ぐらいから会場のレイアウトをしてゆく。このとき、業者側に熱意が感じられない、例えば20時の閉店時刻を待たずに、客の波が引いたと判断して早々に店じまいするような業者に対しては、百貨店側から次回の出店を断るケースもあるというから厳しい。1月下旬には百貨店の担当者自身が現地へ赴き、実際に駅弁を食べて判断し、業者と話をつめていく。駅弁大会を企画するイベント会社からの推薦弁当もあるが、必ず京王の担当者が現地に足を運んで確認するという。新規業者の選定には客から回収したアンケートも参考にしてゆく。今年初めて輸送されたJR山陽本線宮島口駅の「あなご飯」は、毎年のリクエストが最も多かった駅弁だ。

 また、買った駅弁をすぐ食べられるよう休憩スペースを設けている。今年は客車の書割を映画会社から借り、古い列車の雰囲気を醸し、脇にはテレビを置き、鉄道ビデオを流した。これはたいへん好評を得たようだ。さらに、この待合所だけでは狭いので、屋上にテントと風よけをかけた場所にテーブルと椅子を用意したが、こちらだけでなく夏期営業のビアガーデン用に敷いてある人工芝の上で、駅弁を広げて楽しんでいる家族づれも大勢いたというのは予想外だったとか。

ビジネスマンの昼食としても人気

 駅で売られているからこその「駅弁」であるが、肝心の駅弁取扱い駅、ひいては業者は減少傾向にある。市販の『時刻表』に駅弁マークが添えられている駅、とくにローカル線ではめっきり少なくなった。また、都市部でも大手業者の傘下に入り、独自色が薄らいだと嘆く声も聞かれる。列車の高速化で乗車時間が短縮され、さらに停車時間も短縮されたとあって、ホームの立売りの衰退により、駅で売るだけでは商売として成り立ちにくくなった。さらに観光はクルマに依存し、鉄道がどんどんビジネスライクになったこともある。それゆえに後継者不在による廃業も考えられる。地方にもネットワークを広げているコンビニエンスストアの存在も無視できない。

 しかし、街のデパートやスーパーでは、そこかしこで駅弁大会を開かれ、開催すればけっこうな人気を集める。夕食の一品として食卓に並べる家庭もあると聞く。長引く不景気と無関係ではなさそうだ。旅行をしたいがなかなか行けそうもない、ならばせめて駅弁を食べて旅行に出かけた気分にひたりたいという雰囲気がうかがえる。浜松のウナギや下関のフグなど、駅弁にはその地方を代表する食材を使っているものが多い。また、懐かしい故郷の味を求めてやってくる人もいる。前出の宮島口駅の「あなご飯」は、広島県出身の人々からの大きなリクエストで販売が実現した。

 京王百貨店の駅弁大会が多くの人を集める理由の一つに、交通便利なターミナル駅の直上にあるだけでなく、超高層ビルが林立するビジネス街に面した新宿駅西口に位置することも関係しているだろう。この一帯は就業者数に対して飲食店の数が少ないと言われ、都庁が東京駅丸の内南側から新宿西口に引っ越してきてから、その傾向はますます激しくなった。このようなことから、昼食時にオフィスビルの前に出張して弁当を販売する業者が出たり、デパートの地下食料品売場で総菜を買って帰る人もいるそうだ。そこにデパートで駅弁大会が開かれると、いつもは仕出し弁当や駅のスタンドショップで済ませていた人が、たまには変わったものを…とやってくる。

 図らずも駅弁大会の人気の度合は、わが国の経済活動まで表わしていたようだ。

(2002年4月号: 繁昌する「デパートの駅弁大会」)

 


Last-modified: Sat, 24 Oct 2009 20:56:52 JST