隠れた名物駅弁 加賀野立弁当

 最近はさまざまな分野で価格破壊が進んでおり、鉄道における供食サービスにもその波は押し寄せている。列車の旅につきものの駅弁も例外ではなく、アメリカの工場で生産して輸入することで、コストを押さえた「O-bento」が登場し、話題になった。一方で、非日常の旅にゆとりを求めて、「食」にこだわりを持つ人々も多い。

 そんな望みをかなえる弁当が、金沢駅にある。駅弁と呼ぶには気が引けるようなその弁当の値段は、1個1万円(税込)。果たして、その中身はどんなものだろう。

ライバルとは一線を画す豪華駅弁

 北陸本線は別名「特急街道」と呼ばれるほど、特急列車の運転本数が多い。また、日本海に沿う沿線は海の幸が豊富で、以前から名物駅弁の種類も多い。富山の「ますのすし」、福井の「越前かにめし」や敦賀の「鯛鮨」などが、全国的にも有名である。

 そのなかで一線を画すのが、金沢駅で売られる「加賀野立弁当」だ。製造・販売元の大友楼は、1830年(天保1)の創業以来170年余りの歴史を持つ、金沢を代表する料亭で、代々加賀藩の御料理所を預かり、藩の伝統的な料理や儀式料理(四條流)を受け継いできた。また、1898年(明31)の金沢駅開業と同時に、駅弁の製造・販売を始めた。当時の社長が北陸本線の建設にさいし住民を説得し、用地買収などに尽力したことで、名古屋の陸運局から駅弁の製造を許可されたという。

 さて、駅弁の中身はというと、二段重ねで下段が二つに分かれている。上段には鰻巻、平目の昆布〆、蒸し雲丹、車海老のうま煮、どじょうの蒲焼などが並べられており、彩りも華麗。おせち料理のようである。下段には季節の魚を使ったちらし寿し、細巻と、もう片方に鴨肉を使った加賀名物の冶部煮が入っている。内容は日によって異なるが、全部で20品以上が詰められているという。二人前は十分にありそう。加賀野立弁当という名は、風雅な野外でのお茶席「野立て」のイメージに重ねて付けられている。

 注文は3個以上から受け付ける。最小限その程度の注文がないと、食材をそろえるにも作るにもむずかしいと、大友楼の料理部長は語る。

 この弁当を作るきっかけとなったのは、1991年の「トワイライトエクスプレス」の誕生だった。「豪華な汽車旅」を提供する同列車には、食堂車で1万円のディナーが用意されていたが、これは予約制で、乗客すべてが席に着けるわけではなかった。そこで、大友楼に白羽の矢が立つ。JR西日本は駅弁販売で実績のあった同社に、「トワイライトエクスプレス」の豪華ディナーに引けをとらない弁当の製造を依頼した。

 通常の駅弁は工場で作られるが、この弁当に関しては、料亭の厨房で料理部長がみずから腕を振るうことになった。他に5,000円の「加賀大名弁当」があり、こちらは団体客から、10,000円の「加賀野立弁当」は個人客からの注文が多いそう。

「お弁当ですから日持ちを考えるのは当然ですが、お客様には本格的な加賀料理を召し上がっていただきたいと思いまして…」

 駅弁というよりは、あくまで列車に乗って食べる加賀料理であることを強調する。弁当は、列車の到着時間に合わせてホームまで届けられる。

 発売直後はテレビ・雑誌など多方面で紹介され、1日に50個〜100個もの注文があったが、このところの不況で注文数は減っている。それでも、週末を中心に多い日は1日20〜30個の注文が入るそうだ。 さすがに注文主はシルバー世代が多く、なかには、すでに何度も頼んでいる人もいるという。手紙や電話で弁当の感想を述べる人も多く、食べる直前、列車内から携帯電話で中身について問い合わせてくる客もいた。

 現在は、「トワイライトエクスプレス」以外の列車についても、注文を受け付けている。食道楽を反映してか関西に暮らす人からの注文が最も多い。これは一般の駅弁にも共通するが、上りホーム、大阪方面への売店ではよく売れるが、下りホームについては、東京方面へ向かう「はくたか」を除くと、売れゆきはあまりよくないそうだ。上りでも「しらさぎ」「加越」よりは、「雷鳥」「サンダーバード」のほうがよく売れる。乗車時間も関係あるのだろうか。ちなみに、特急の車内販売を比較しても、弁当に気前よくおカネを使うのは、大阪からの「サンダーバード」の乗客だという。

変わる駅弁事情

 バブル崩壊後の不況の影響か、北陸本線の特急列車でも利用者が減り、それとともに、駅弁の売上げも伸び悩んでいる。旅のスタイルも変化してきた。観光客は、列車から観光バス、もしくは自家用車の利用へとシフトしており、それに合わせて、兼六園など周辺観光地の駐車場に注文を受けた弁当を届ける機会が増えたそうだ。

 大友楼では、金沢駅で自社の弁当16種類を販売しているが、店頭では他の駅の駅弁を希望する乗客もあって、現在は、駅ビル内売店で他駅の弁当も販売している。さらに、駅構内にはコンビニエンスストアができ、持ち帰り寿司のチェーンもできた。そこで軽食と飲み物を買い、駅弁の代わりとする若者も増えている。

 駅弁は、旅の思い出にその土地のものを景色を見ながら味わうもの、というのは過去の話で、乗客の好みも大きく変わってきている。シルバー世代は昔ながらの幕の内弁当を好むが、若者には、よりボリュームのある洋風幕の内や牛肉弁当が人気だ。

 だが、スピードとコストパフォーマンスが求められる現代でも、ぜいたく心をくすぐるものには相応の価値を見出す人たちは多い。豪華さとゆとりを味わえる、1万円の駅弁を望む乗客は確実にいる。

 一方で、弁当に3万円はとても費やせない人のためにも、手ごろな値段ながらも、加賀や日本海の情緒や旅情の感じられるような駅弁にも期待したい。多彩な駅弁で北陸の列車の旅を大いに楽しみたいものだ。

(2001年12月号: 隠れた名物駅弁 加賀野立弁当

 


Last-modified: Sat, 24 Oct 2009 20:56:52 JST