ブームを追い風にできるか 智頭急行宮本武蔵駅

 剣聖、宮本武藏が今、ブームとなっている。今年1月からNHK大河ドラマ「武蔵MUSASHI」の放映が始まったことが、観光客の動きに弾みをつけている。

 一見、テレビドラマと鉄道とは縁がなさそうだが、この機会をとらえようと、宮本武蔵とライバルの佐々木小次郎にゆかりの地である岡山・兵庫・京都・奈良・山口・福井の各府県を営業エリアとするJR西日本では、「武蔵ゆかりの地を歩く」と題して8つのハイキングコースを設定し、主要駅にマップを置いている。そのなかには、若き日の武蔵が天守閣に3年間幽閉されたという姫路城や、数々の闘いの舞台になった京都、そして、小次郎との決闘で有名な巌流島のある下関などが含まれる。あわせてクイズラリーを催す大がかりなキャンペーンで、期間も3月下旬から12月下旬までと長丁場である。また、武蔵が晩年を過ごした小倉と熊本を擁するJR九州も、昨年12月から1年間にわたって特急「有明」にラッピング列車を走らせるなど、鉄道界でも剣聖‐宮本武蔵にまつわる話題が豊富である。

中心にある宮本武蔵駅

 武蔵の生誕地とされる岡山県北東部の大原町は、このブームにあって中心的な観光スポットとなっている。そして、この町を通る智頭急行線に、その名もずばり、宮本武蔵駅がある。

 智頭急行は山陽本線の上郡と因美線の智頭を結び、地域輸送とともに京阪神と鳥取を短絡する目的で建設された、全長56.1kmの第三セクター新線である。1966年(昭41)6月に智頭線として建設が開始されたが、国鉄の経営再建のあおりで工事が凍結された経緯がある。しかし、地元の熱意が実って1986年に鳥取・岡山・兵庫の3県と沿線市町村、民間企業などの出資によって第三セクター会社が設立され、1994年12月に全線開業を迎えた。

 大原町は兵庫・鳥取の両県境に近い山間部にあり、従来は鉄道路線から離れた地域だった。ここに新線が開業することで、京阪神や山陰との往来が容易になるとともに、県庁所在地の岡山との間も智頭急行線経由が最短ルートとなった。しかし、人口5,000人余りの大原町をはじめ、沿線町村の人口は少なく、駅員配置駅は上郡・智頭とJRとの共同使用駅である佐用のみで、それ以外は無人駅となっている。宮本武蔵駅も駅舎自体は智頭急行が建てたが、駅に隣接する施設は大原町が整備している。

 さて、駅名に関しては智頭急行が大原町に「宮本」を打診したところ、「宮本武蔵」にとの要望があって決定に至ったという。当時はまだ人名を駅名に採用した例は全国的にもなく、開業時には話題にもなった。現在では、同じ岡山県内の井原鉄道に「吉備真備」という駅があるが、人名とは言っても両駅とも歴史上の人物から取られていて、興味ぶかい。

 江戸時代には鳥取と姫路を結ぶ因幡街道の宿場町として栄え、当時の古い街並を残す大原町であるが、近年は武蔵にまつわる史跡や施設が観光資源となっている。先にも1984年(昭59)に同じくNHKで武蔵がドラマ化されて以来、武蔵の生誕地として観光客を集めていた同町としては、宮本武蔵駅を周辺施設の整備と合わせて、さらなる観光客の誘致に結びつけたかったようである。さすがに大河ドラマの効果は大きく、町の担当者によれば、大原町を訪れる観光客は昨年の5倍以上に増えているという。

観光客をローカル列車に

 上郡から普通列車で約40分、兵庫県境の蜂谷トンネルを抜けると車窓の左側に山里が開け、宮本武蔵駅に着く。単線の線路に沿った片面ホームには、武蔵の自画像をもとに作られたレリーフが乗客を迎え、高台に立つ駅舎からは宮本地区が一望できる。駅前には、武蔵とその幼なじみをモデルにした銅像が立っている。案内に従って民家の間を抜けて10分ほど歩くと、「武蔵の里」と呼ばれるエリアに着く。武蔵の生家や武蔵を祀った神社や墓とともに、大原町が整備した資料館やクアガーデン、大河ドラマを紹介するテーマ館などもあり、ここは一大観光スポットとなっている。列車が相互に乗り入れる関係もあり、大原はJR西日本が設定したハイキングコースにも加えられている。

 ところが、宮本武蔵駅に停車する列車は岡山からの下り特急「いなば1号」を除くと普通列車のみ。昼間は町内の各施設を結ぶループバスが、町の中心に近い特急停車駅の大原と武蔵の里を往来して鉄道利用客の便宜を図っているが、観光客はツアーバスやマイカー利用者が多いという。鳥取と姫路の移動の間に立ち寄るケースや、隣の兵庫県佐用町を通過する中国自動車道経由で訪れる日帰り客も多く、駐車場の利用台数が多い日は1,500台にも達している。

 これに対し、智頭急行では「智頭線満喫一日乗り放題きっぷ」を上郡〜智頭間の片道運賃より安い1,000円で売り出し、さらに沿線の観光施設利用料の割引特典も付けて利用促進を図っている。また、京都・大阪や岡山などからJRと智頭急行線の運賃、観光共通券を組み合わせた割引きっぷも売り出した。それらの効果があってか、これまでの利用者は前年に比べて1.1%の増加に転じ、減少傾向に歯止めがかかった。

 沿線全体を面として観光客を広く呼び込めるようにという施策の一つが、今回の宮本武蔵キャンペーンでもある。京阪神と鳥取を結ぶ短絡線としての役割の一方、急激な増加が見込めないローカル輸送を支えるためにも、全国的なブームに乗ってでも利用者の増加を図り、以後、定着を図ってゆかなくてはならない。智頭急行や地元自治体にとっては、これからその力量が問われることになりそうである。

(2003年8月号: ブームを追い風にできるか 智頭急行宮本武蔵駅

 


Last-modified: Sat, 24 Oct 2009 20:56:53 JST