交通博物館

 交通博物館は、鉄道省が1921年(大10)に鉄道創業50年記念事業の一つとして東京駅高架線下に「鉄道博物館」として開館したのが始まりである。1911年(明44)に鉄道院総裁、後藤新平が博物館掛を置いて収集してきた資料を展示した。

 関東大震災で当初の資料は焼失したが1925年に再開され、1927年(昭2)には大正時代に御殿場線など急勾配線区で活躍したマレー式蒸気機関車9850形が高架上に展示されて、実物保存展示のスタートとなった。

 1930年(昭5)には、新橋〜横浜間鉄道創業時に輸入され、官鉄で150形となったのちに島原鉄道に譲渡されていた1号機関車を引き取り、1936年(昭11)に中央本線万世橋駅の高架下(現在の場所、駅は1943年に廃止)に設けられた新館のオープンとともに9850形、初代1・2号御料車とあわせて展示された。1号機関車がお輿入れするエピソードは、『きかんしゃやえもん』の物語として広く紹介されている。現住所は、東京都千代田区神田須田町である。1940年には北海道開拓時代に活躍した「弁慶号」も加わっている。

 第二次世界大戦の激化による休館を挟み、1946年に「交通文化博物館」と改称されて乗り物全般の博物館として再開し、運営は日本交通公社(現JTB)が受託することとなった。1948年に、現在の交通博物館に改称されている。さらに運営は1971年に財団法人交通文化振興財団が大阪の交通科学館(現交通科学博物館)とともに受託することとなり、現交通博物館の施設自体はJR発足とともにJR東日本に帰属している。同財団は、青梅鉄道公園梅小路蒸気機関車館も運営している。

 交通博物館の事業内容は、交通に関する資料の収集・保存・展示を行なうほか、交通関係の教育普及活動としている。現在保管中の資料は約24万9,900点で、これらは展示資料と収蔵資料に分類される。展示中の資料は点数にして約2,000点で、このうち鉄道部門に関する実物や模型が70%を占める。実物展示の鉄道車両(カットボディ・複製などは除く)としては、前述のほか善光号機関車、開拓使号客車、C57形135号機、初代1号御料車、初代 2号御料車、松山人車鉄道車両がある。

 これらのうち1号機関車、および京都〜神戸間鉄道の開業式に明治天皇が乗車された初代1号御料車、および収蔵資料のうち1870年(明3)から1893年(鉄道庁時代)までの鉄道関係の公文書である「鉄道古文書」は、重要文化財としての指定を受けた。

 また、これらの重要文化財および弁慶号機関車、善光号機関車、西園寺公望自筆の鉄道国有法案説明草案、鉄道助佐藤政養文書など12点は国鉄が部内的に定めた鉄道記念物、1点は準鉄道記念物である。

 館内は1〜3階展示室と屋外展示に分かれており、鉄道関係はおもに1階と屋外を占めるが、2階は船舶関係と自動車関係、3階は航空関係を主体としている。船舶関係では航海の安全のシンボルとして取り付けられていた船首像(ロシア船のもの)や操舵輪、鉄道連絡船号鐘(「壱岐丸」のものは鉄道記念物)が、自動車関係では国鉄バス第1号車(鉄道記念物)や1930年アメリカ製のフランクリンセダンなどが、航空関係では1910年に日本で最初に飛行に成功したアンリ・ファルマン機や日本で現存する事業用ヘリコプターとして最古参の部類のベル47D型などが展示されている。

(2004年4月号)

 


Last-modified: Sat, 24 Oct 2009 20:56:54 JST