色もさまざま 車体を彩る塗料の材質

 1958年に東急が日本初のステンレス車を投入して以来、最近はステンレスの無塗装車を採用する鉄道会社が急速に増えている。もちろん、今日でも塗装された車両のほうが多く、昔はすべて塗装されていた。色には名鉄のスカーレット、阪急のマルーンなど、鉄道会社のシンボルとともに、JR東日本東京圏の通勤電車のように路線を区別する役割も担っている。なかでもオレンジ色の電車、中央線201系は、登場から23年が経過して、いまだに色褪せもせず、みずみずしいボディを保っている。反面、長距離運転され、かなりの経年となった車両では、厳しい自然環境と闘った証か、塗装に痛みが生じているものも散見される。

国鉄時代から各工場で研究を重ねる

 車体外板を塗装するのは、見た目の印象もさることながら、鋼製の車体を錆から守ることが目的である。そのうえ季節を通じてきびしい気象条件下にさらされるため、塗料には防食性・耐候性・耐湿性・耐薬品性・付着性・耐衝撃性など幅広い性質が求められる。国鉄時代、電車は2年ごとに要部検査、4年ごとに全般検査が行なわれていた。(現在は検査周期が見直され、要部検査は3年もしくは走行40万kmまで、全般検査は6年もしくは80万km)そのさいに再び塗装するので、塗料の保ち具合は2年間でよいという考え方に立っていた。

 防食性や耐候性は塗料に含まれる顔料の特性に左右されるため、その組合せが重要だ。夏と冬では配合の比率も変えている。色褪せないものは理想的だが、性能と価格は比例する。最も質がよい塗料はフッ素系塗料で、つやがたいへんよく、耐候性・耐薬品性も優れている。このほかウレタン系(アクリル系とも称する)、シリコン系、エナメル系、ラッカー系などが鉄道車両に用いられている。

 車両に最適な塗料は、戦前〜戦中あたりから鉄道工場ごとにいろいろ研究されてきた。その結果、国鉄は昭和30年代から在来線車両はフタル酸樹脂エナメル、カシューエナメルなど、新幹線車両はアクリル樹脂エナメルにほぼ固まっていった。

 フタル酸樹脂エナメルは作業性がよく温度や湿度の影響をほとんど受けず、金属や古い塗膜の上にも比較的よくつき、重ね塗りや塗替えが容易で、防食性・耐候性にすぐれている。アクリル樹脂エナメルは、フタル酸樹脂エナメルの特徴に加えて塗膜が固く、耐衝撃性や耐薬品性にすぐれ、つやもよいが、フタル酸樹脂エナメルより高価である。両塗料とも常温で乾燥する。

 ただし、工場ごとに使う塗料も違っていたようで、材質がわかるよう車両の隅のほうに、フタル酸樹脂エナメルなら「フ」、カシューエナメルなら「カ」と書かれていた。

 部内向けの暗号のようなものだが、これが必要なのは、車両が転配されて違う塗料を用いる工場に入場するときなど、塗料の材質がわからなければ困るからだ。材質が異なる塗料で上から塗り直すと塗料のノリが悪くなる。そのため外板の素地が見えるまで塗装を剥離し、あらためて錆を取り、錆止めを施し、パテを使って下地の孔・くぼみ・ゆがみなどを修整して平滑化し、塗料を塗るという、ほとんど新製時に近い作業を行なう。塗装を剥離するには高水圧をかけるが、再塗装時に水分が残っていたり、ゆがみをうまく修整できないと、次の検査入場前にはがれ落ちて、まだらの車両が営業につくことになる。

 さらに、鉄道車両は静止したままの建物などと異なり、日々運転されることで車体にゆがみやねじれが発生する。ここから塗料の剥離が起きることもあるため、再塗装などメンテナンスが重要になる。

 JR東日本は会社設立後、要部検査での塗装省略を意図して、通勤電車の塗料をフタル酸樹脂エナメルより高価なウレタン系塗料を採用した時期があった。しかし、両数の多い通勤形電車はコスト削減を図る必要もあり、前出のように検査周期が見直されたことから、今では以前のフタル酸樹脂エナメルに戻している。一方で、先述の201系電車が高価な塗料を使わず、車体の輝きを保っているのは、洗浄の技術が飛躍的に伸びたことと、長期間運用されても車体のゆがみなどがあまり出ないよう、新製時に車体をしっかり作ったことが、今になって他の車両との差として出ているのではないだろうかという。

はがした塗料を処理する施設が必要

 209系の新製以降、JRにはステンレス車体の電車が増えている。デビュー当時、209系は次世代通勤形電車に位置付けられたが、今ではさらに進化したE231系が増備され、こちらもステンレス車体である。ステンレス車体が選ばれるのは、錆が出ないので塗装の必要がなく、メンテナンスも楽になりコストが抑えられるという点にある。ただし無味乾燥との評も多く、定着したラインカラーの役目も大きいので、アクセントとしてラインカラーの帯フィルムを貼っている。また、車体を塗装しなくなったぶん、台車にアクリルエマルジョンという、従来より品質のよい水性系塗料が使えるようになったそうだ。

 ステンレス車体が増えているのは、検修のさい発生する剥離塗料の処理問題も関係している。有機系の塗料を扱う場合は処理施設が必要で、塗料業界は作業環境とエコロジーにはたいへん気を遣っている。

 東京圏の民鉄にもステンレス車両は増えているが、唯一、京浜急行電鉄は全車両に塗装を施している。同社がステンレスを用いずアルミ車体を採用しているのは、ステンレス車体はアルミ車体に比べてイニシャルコストは低いが車体が重く、電力量の増加、軌道への負担につながりランニングコストが高くなるとの考えに立っている。さらに、アルミ車体ならば車体の軽量化により京急電車の特徴である高加速性も得られるという。塗料の材質はウレタン系で、看板車両の2100形も支線用の700形も、デザインは異なるが同じ塗料を使用する。

 無塗装が原則のステンレス車体でも南海1000系は塗装しており、車体の色については各社ごとに考えがあるといえよう。

(2002年10月号: 色もさまざま 車体を彩る塗料の材質)

 


Last-modified: Sat, 24 Oct 2009 20:56:58 JST