超低床路面電車

 1997年8月、日本で初めての超低床路面電車が熊本市電に登場した。従来の路面電車はステップつきが宿命で、車椅子での乗降は、人の手を借りないわけにいかなかった。これを真っ先に解消したのが都電荒川線で、専用軌道主体で比較的ゆとりある電停があるため、ホームをかさ上げして、電車の床面との高さをそろえたのである。

 しかし、一般的な道路中央の電停では、幅も狭いため、ホームを高くすると逆に危険性が高まる。そのような一般的な路面電車で従来どおりの低いホームからでも段差なく乗降できるようにしたのが、超低床電車である。

 熊本市9700形の場合、乗降ドア床面の高さは30cmで、ホームとの段差は12cmに過ぎず、ステップを上がるという感覚はない。電動リフトも備えてはいるが、仮にホームの幅が広ければ、渡り板1枚でも解消できる。次いで1999年3月に広島電鉄5000形「グリーンムーバー」が登場した。

 その背景には福祉的要望の高まりと同時に、クルマ社会の深度化により市街地空洞化が顕在化し、これに危機感をもった市民団体などが市街地活性化を目的に、欧米の例を参考に積極的活動を展開し始めたことがあげられる。国や自治体もこうした動きに呼応して、路面電車への助成を始めた。建設省(当時)は1997年度に、路面電車走行空間改善事業費補助を創設している。2001年度には国土交通省が公共交通移動円滑化補助もスタートさせた。

 超低床電車は、通常の電車とは大幅に異なる特徴をもつ。まず、床下に余地がないため、機器はおもに屋根上の装備となる。台車も通常タイプでは、その部分の低床化ができない。車輪径を著しく小さくすれば可能とも思われるが、とくに分岐器などでの走行安定性に欠き、脱線の危険性も生じる。そのため、左右独立車輪として両輪をシャフトで駆動するなどの特殊技術が必要になる。

 ただし、この特殊台車は超低床化でははるかに先行しているヨーロッパ、おもにドイツのメーカーがライセンスをとっており、同方式を日本のメーカーが採用することはできない。一方、国内メーカーが新方式の低床台車の開発に取り組んでペイできるほどの国内需要はない。このため、熊本も広島もドイツの技術を輸入した。

 しかし、海外方式はすべて連接車方式で大きく、地上設備的な制約や需要の両面から、日本のどこでも導入できるわけではない。また、車内で運賃収受を行なう日本では、乗客のスムーズな車内移動を確保する点でも車長の長さは難点となりやすい。こうしたことから、国内の実情にあう単車形超低床車が求められるようになった。

 国産となれば通常台車方式となり、まず名古屋鉄道が2000年7月に美濃町線に投入した800形は日本車輌製で、車内床面をすり鉢状とした。中ドアでは段差が解消され、車椅子などはここで乗降する。一般客は前ドアからステップを踏んで下車するが、運賃収受があることで流れは細く、1人1人に目が届くとして逆説的にこのような方式で割り切った。

 次いで、アルナ工機が開発に取り組んだ「リトルダンサー」シリーズが本年1月の鹿児島市電を皮切りに、伊予鉄道・土佐電気鉄道にも導入された。運転席部分に通常タイプの台車を寄せて配置し、客室の前後ドア間を完全低床化したものである。路線の状況に応じて複数のバリエーションが用意され、今最も注目されている車両である。

 なお、本年7月には岡山電気軌道にもドイツ型の超低床車が登場する予定である。

(2002年7月号)


Last-modified: Sat, 24 Oct 2009 20:57:03 JST